
ウイルス分離で対照実験を置かない理由はなんでですか?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
本記事の内容・ウイルス分離試験の概要
・ウイルス分離で対照実験をする理由
・ウイルス分離で対照実験をしない理由

こんにちは.
元研究者のフールです.
先日,以下のような質問をいただきました.
貴サイトの記事、「コントロール(対照)実験を行う理由【比較対象は何?】」を読みました。
対照実験の重要性が理解できました。
ですが、ウイルス学の世界では、分離培養試験の対照実験をしたことがないと聞きました。
実際、〇〇*に対照実験を依頼すると断られました。
【中略】*
ウイルス学では対照実験をしないのは何故なのでしょうか?
科学としてそれは許されるのでしょうか?
*個人・組織・地域などを特定できる情報を含んでいたため,内容を変更・省略しております.

ご質問ありがとうございます.
私自身もウイルス分離の仕事をしたことがあるので,今回は私の考えを回答いたします.
サマリー・「ウイルス学で対照実験をしない」というルールはない.
・ウイルス分離では対照実験を設定しない場合もある.
ウイルス分離の概要

本題に入る前に,ウイルス分離試験の概要をお話しますね.
ウイルス分離では,ウイルスの存在の有無を細胞変性効果(CPE)で確認することが多いです.
その理由は,ウイルス粒子を直接確認する方法は電子顕微鏡で観察するしかないからです.

実験室に電子顕微鏡があり,さらに,それを利用できる者がいなければダメですね.
また,ウイルス量が十分でないと見ることができません.

ヒトや動物・環境由来のサンプルの場合,ウイルス量が十分に確保できないことも多いです.
そこで,ウイルスの存在を間接的に確認する方法を採用します.
それがCPEを確認する方法です.

CPEは光学顕微鏡で観察できるので,多くの実験室で採用できます!
CPEは,細胞破壊・円形化・細胞融合・ぶどうの房状変性など様々です.
誰が見ても明らかな変化であることが多いですが,使用している細胞とウイルスによっては顕著なCPEを示さない場合もあります.

だから,CPEだけで全てを判断することはありません.
最終的には,培養上清をサンプルとしたPCRを行ったり,感染細胞をサンプルとした蛍光抗体法を行うことでウイルス分離の判定を行います.
でも,サンプル数が非常に多い場合,CPEを指標にスクリーニングをかけます.
CPE陽性のサンプルのみを次の試験に回すことで,それにかかる労力やコストを削減することができるからです.
「対照実験をしない」というルールはない

私自身もウイルス分離の仕事をしたことがありますが,対照(コントロール)は設定していました.
CPEがウイルスによるものか,それとも他の原因(コンタミネーションなど)によるものかを判定できた方が良いからです.
だから,「ウイルス学で対照実験をしない」と決まっているわけではありません.
でも,「対照実験をしない」ことはあります.
「対照実験をしない」場合①
例えば,信頼できる機関がマニュアルを作成・公開している場合です.
使用する細胞・培地・血清・その他の試薬・判定基準まで細かく指定されており,マニュアルを作成する段階で十分に検討されていると考えられるときは,コントロールを置かないこともあります.
「対照実験をしない」場合②
ポジティブコントロール(必ずCPEが出るサンプル)を使用している場合はネガティブコントロールを置かないこともあります.
理由は,ポジコンにはウイルスが高濃度で含まれているので,次のような懸念があるからです.
- ピペットや器具の汚染
同じ作業環境でポジコンとネガコンを扱い,器具や手袋を介したクロスコンタミネーションが発生 - エアロゾルの拡散
サンプル操作中にウイルスがエアロゾル化して,実験環境全体に広がる可能性
手技の問題と言われればそれまでですが,どんなに気を付けていても,クロスコンタミネーションは起こるときがあります.
その実験(検査)だけならやり直せば良いと思います.
ただ,実験環境自体を汚染してしまう場合もあり,その場合,その原因が解決するまで実験を停止しなければなりません.
なので,次の条件が満たされる場合,ネガコンを省略する判断も合理的だと考えます.
- 十分なプロトコールが整備されている場合
使用する細胞・培地・試薬が十分にテスト済みで,環境要因によるCPEの発生リスクが低いと判断できる - ポジコンが結果の指標として十分
ポジコンが期待通りの結果を示すことで,システム全体が正しく機能していることが確認できる
科学的には対照実験をする方が良い

もちろん,科学的には対照実験をするに越したことはありません.
- 試薬ロットの変更
- 細胞ロットの変更
- 作業者の経験・手技不足によるコンタミネーション
これらを考慮すると,コントロールは設定した方が良いと思います.
一方で,ウイルス分離が「実験(研究)」ではなく「業務」である場合は,上記のことも考慮した上でコントロールを設定する必要がないと判断することも必要だと考えています.
「業務」ですから,使用する試薬などにかかる経費はできる限り抑える必要がありますし,それにかかる労力について検討しなければなりませんね.
- すでに信頼できるプロトコールが確立されている
- 各種トラブルシューティングも対応できる
- 作業従事者の手技等にも不安がない
このような条件であれば,ウイルス増殖以外の理由でCPEが出る蓋然性は低いと考えて,コントロールの設定にかかる経費や労力を削減するという判断にも一理あると思います.

「科学」だけで全てを判断できないところが難しいところですね.
私の回答は以上です.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2022年5月29日 フール