
継代で細胞を剥がすときに使う試薬って,どんなものがありますか?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.

こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
皆さんは,接着細胞の継代で,どんな細胞分散試薬を使ってますか?

実は最近,「細胞分散試薬=トリプシン」だと思っている方が多いことに気付きました(笑).
そこで,本記事では,トリプシンを含めた細胞分散試薬についてまとめます.
本記事を読み終えると,細胞分散試薬はトリプシンだけではないと分かりますよ!
サマリー・使用する細胞分散試薬ごとに,処理時間や細胞へのダメージが異なります.
・細胞分散試薬の阻害剤の有無は,継代の仕方に影響します.
・「細胞分散試薬=プロテアーゼ」ではありません.
どうして細胞分散試薬が必要か?

そもそも,どうして細胞分散試薬が必要なのでしょうか?

細胞がくっついているから!

それでは,どうして接着細胞は,培養容器にくっついているのでしょうか?

・・・

先ずは,接着細胞の接着について簡単にまとめます.
接着細胞は,2つの方法で「接着」しています.
① 細胞外マトリックスと相互作用 ② 細胞接着分子と相互作用
細胞外マトリックスと相互作用
線維状タンパク質またはプロテオグリカンで構成される非細胞性の成分です.
その例として,コラーゲンやフィブロネクチンなど有名ですね!
細胞と培養容器は,細胞外マトリックスを介して相互作用しています.
細胞培養用容器
細胞培養用の容器は,通常,親水化処理がされており,接着細胞がくっつきやすくなっています.
一方,寒天プレート作製などで使う容器は,親水化処理がされていません.
だから,たとえ滅菌処理が達成されていても,細胞がくっつかない可能性があるので使いません.
さらに,細胞外マトリックス成分(コラーゲンなど)やカチオン性ポリマー(Poly-D-リジンなど)で培養容器をコーティングすることもあります.
細胞接着分子と相互作用
細胞同士の相互作用は,カドヘリンなどの細胞接着分子を介しています.
接着している細胞をバラバラにするには,細胞接着分子の相互作用も断つ必要があります.
細胞分散試薬の種類

さて,本題です.
ここでは,5種類の細胞分散試薬を紹介します.
① トリプシン ② プロナーゼ ③ コラゲナーゼ ④ ディスパーゼ ⑤ EDTA
トリプシン
最も有名な細胞分散試薬ですね!
膵液に含まれるタンパク質分解酵素の1つです.
タンパク質中の塩基性アミノ酸(リジン・アルギニン)と他のアミノ酸で形成されるペプチド結合を切断します.
細胞外マトリックスのタンパク質成分や細胞膜のタンパク質成分を分解して細胞を分散させます.
「細胞膜のタンパク質成分」も分解するので,処理時間が長すぎると細胞の活性が低下し,細胞死の原因となりますよ.
阻害物質
2種類の阻害物質があります.
- 血清
- Ca2+や Mg2+
血清中に含まれる α2-ミクログロブリンなどは,トリプシンの活性を阻害します.
また,Ca2+や Mg2+もトリプシンの活性を阻害します.
トリプシンを分解するのはトリプシン
トリプシンは,トリプシンを分解します!

共食いみたいですね(笑).
時々,トリプシンを,使用する直前まで37℃に温める人がいます.
トリプシンの至適温度を考えてのことだと思いますが,私はオススメしません!
だって,37℃ > トリプシンの活性が高まる > 他に分解するタンパク質が無い > トリプシン同士で分解するってなりますよね.

知らぬ間にトリプシンの活性を落としていると思うので.
プロナーゼ
放線菌(Streptomyces griseus)が産生するプロテアーゼです.
10種類以上のプロテアーゼの混合物で,トリプシンの代用物として使われます.
トリプシンと同じく細胞外マトリックスや細胞膜のタンパク質成分を分解して細胞を分散させます.
しかし,その活性が強いので丈夫な細胞(例えば,線維芽細胞など)に使うのが普通です.
阻害物質
プロナーゼには,阻害物質がありません.
よって,細胞をバラバラにした後,培地等で希釈し遠心して除去するというステップが必須になります.
コラゲナーゼ
その名の通り,コラーゲンを分解するプロテアーゼです.
コラーゲンには,グリシンとプロリンの含量が多く,コラゲナーゼは,グリシンとプロリン間のペプチド結合を切断します.
また,活性発現には Ca2+ が必要です.
細胞をバラバラにする作用は,あまり強くありません.

比較的穏やかなプロテアーゼです.
コラーゲン産生量が多い筋組織や結合組織由来の細胞で使うことがあります.
ちなみにコラーゲンには,数種類のサブタイプがあります.
そして,コラゲナーゼにもそれ合わせたサブタイプが存在します.
購入時は,あなたの実験系が,どのサブタイプなのかを知っておく必要がありますよ!
阻害物質
コラゲナーゼの阻害物質は EDTA です.
EDTA 加 PBS (-) で希釈し遠心して除去するというステップが必須になります.
血清では阻害することができません.
ディスパーゼ
ディスパーゼは,Paenibacillus sp. が産生する中性金属プロテアーゼです.
その活性中心に Zn2+ を持ち,その活性は Ca2+ により安定します.
タンパク質中の中性・非極性アミノ酸のペプチド結合を切断します.
基底膜の構成成分であるⅣ型コラーゲンやフィブロネクチンの分解に優れており,上皮細胞を組織からシート状に剥離することができます.
これまで挙げてきたプロテアーゼよりも細胞傷害活性が少ない,穏やかな分散試薬です.
阻害物質
ディスパーゼの阻害物質は,EDTAです.
EDTA 加 PBS (-) で希釈し遠心して除去するというステップが必須になります.
血清では阻害することができません.
EDTA

キレート剤ですね!
詳細は,以下の記事にまとめています.

細胞分散試薬としては,EDTAを単独で使用するよりも,トリプシンと混ぜて使うことが多いです.
トリプシンと併用することで,細胞剥離に必要なトリプシン濃度を下げることができます.
継代時は,細胞に優しく♪
阻害物質
EDTAの阻害物質は,Ca2+や Mg2+です.
TV
時々,トリプシン-EDTA 溶液のことを “TV” と呼ぶ人がいます.
おそらく,市販されているEDTA液の商品名で “Versene” というのがあるので,トリプシン-Versene 溶液の略で “TV” となったのでしょう.

以上,細胞分散試薬のまとめでした.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年5月9日 フール