緩衝液に添加するプロテアーゼインヒビターの種類と役割

プロテアーゼインヒビターっていっぱいあるんですね.どうして,そのインヒビターを使ったの?
本記事は,このような疑問にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
本記事の緩衝液に「混ぜる」成分は,プロテアーゼインヒビターです.
近年は,プロテアーゼインヒビターの混合物やカクテルが市販されており,それを利用することが多くなっています.
しかし,古い文献等を読むと,複数種のプロテアーゼインヒビターを使用している文献も多いです.
- どうして,そのインヒビターを選んだのか?
- 何も考えずにカクテルを使用していた方

このような方に本記事はオススメです!
ぜひ本記事を最後までお読みください!
サマリー・プロテアーゼには,様々な種類がある.
・可逆的に阻害する物もあれば,不可逆的に阻害する物もある.
・全てのプロテアーゼを阻害する万能なインヒビターは存在しない.
緩衝液に添加するプロテアーゼインヒビターの役割
細胞内には様々なプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)が存在します.
生細胞内では,内在性のプロテアーゼの多くが細胞内小器官という区画に納まり制御されています.
だから,プロテアーゼが生細胞に悪影響を与えることはありません.
しかし,細胞溶解液で細胞を壊すと事情は変わります.
制御されていた空間から放出されたプロテアーゼは,その基質となるタンパク質を分解していきます.
もし,その中に標的タンパク質が含まれていたら厄介ですよね.
そこで,目的のタンパク質が,プロテアーゼによって分解されるのを防ぐためにプロテアーゼインヒビター(タンパク質分解酵素阻害剤)を加えます.
タンパク質の抽出・精製・分析を含む実験系では,必須の試薬です.
プロテアーゼの種類
ほとんどのプロテアーゼは,以下の4種類に分類されています.
- セリンプロテアーゼ:トリプシン,キモトリプシン,エラスターゼ,プラスミン,カリクレインなど
- システインプロテアーゼ:カテプシン,リソソームカテプシン,パパイン,カルパインなど
- アスパラギン酸プロテアーゼ*1:ペプチン,レニンなど
*1酸性プロテアーゼとも言います.
- メタロプロテアーゼ*2:サーモリシン,カルボキシペプチダーゼAなど
*2金属プロテアーゼとも言います.
プロテアーゼインヒビターの種類
これからいろいろなプロテアーゼインヒビターをご紹介しますが,最初に言っておきます.

全てのプロテアーゼを阻害する万能なインヒビターは存在しません.
また現在は,プロテーゼインヒビターのカクテルが市販されており,それを利用することが多いです.
ただ,高価であることおよび各々のプロテーゼインヒビターの濃度調節ができないことから,各プロテーゼインヒビターを個別に混ぜる人もいます.
セリンプロテアーゼ阻害剤
セリンプロテアーゼ阻害剤には,たくさんの種類があります.
ここでは,私がよく使う物をいくつかご紹介します.
PMSF
Phenylmethylsulfonyl fluoride(フッ化フェニルメチルスルホニル)の略です.
セリン・システインプロテアーゼを不可逆的に不活化します.
キモトリプシン,カリクレイン,プラスミン,トロンビン,トリプシンを阻害します.
チオール基を含む試薬( 2-ME や DDT など)の存在下では、効果が低下します.
よって,細胞溶解液にはチオール基を含む試薬を混ぜてはいけません.
加えて,化学的に安定しておらず,水溶液中ではすぐに分解してしまいます.
使用直前に細胞溶解液へ混ぜるようにしましょう!
また,生体への毒性が強いので,取り扱いには注意が必要です.
AEBSF
Aminoethyl benzylsulfonyl fluoride or Pefabloc SC(フッ化 4-(2-アミノエチル)ベンゼンスルホニル塩酸塩)の略です.
セリン・システインプロテアーゼを不可逆的に不活化します.
PMSFに類似した阻害剤ですが, PMSF よりも可溶性が高く毒性も低いです.
ロイペプチン(Leupeptin)
セリン・システインプロテアーゼを可逆的に不活化します.
カリクレイン,プラスミン,トリプシン,パパイン,カテプシン B を阻害します.
PMSF や AEBSF と異なり,阻害活性の発現には DTT が必要です.
アプロチニン(Aprotinin)
セリンプロテアーゼを可逆的に不活化する阻害剤です.
阻害活性の発現には DTT が必要です.
キモトリプシン,カリクレイン,プラスミン,トリプシンを阻害します.
TLCK
Tosyl lysine chloromethyl ketone(トシル-L-リジンクロロメチルケトン)の略です.
セリンプロテアーゼを不可逆的に不活化します.
トリプシンを阻害します.
TPCK
Tosyl phenylalanine chloromethyl ketone(トシルフェニルアラニルクロロメチルケトン)の略です.
セリンプロテアーゼを不可逆的に不活化します.
キモトリプシンを阻害します.
TPCK 処理によりキモトリプシン除去を行ったトリプシンが有名ですね.
ベンザミジン(Benzamidine)
セリンプロテアーゼを可逆的に不活化します.
トリプシン,トリプシン様酵素を阻害します.
システインプロテアーゼ阻害剤
セリンプロテアーゼ阻害剤と重複する物(PMSF,ABESF,Leupeptin)もあります.
それらは上記を参照してください.
E-64
システインプロテアーゼの不可逆的な阻害剤です.
パパイン,カルパイン,カテプシン B/H を阻害します.
アスパラギン酸プロテアーゼ阻害剤
酸性プロテアーゼとも呼ばれます.
ペプスタチンA(Pepstatin A)
アスパラギン酸プロテアーゼを可逆的に不活化する阻害剤です.
カテプシン D ,ペプシン,レニンを阻害します.
阻害活性の発現には DTT が必要です.
pH9.0以上では阻害活性が低下してしまいます.
メタロプロテアーゼ阻害剤
キレート剤のことですね.
なお,キレート剤に関しては,以下の別記事にもまとめております.

EDTA
Ethylene diamine tetraacetic acid(エチレンジアミン四酢酸)の略です.
金属イオンをキレートして,メタロプロテアーゼの活性を阻害します.
ヒスタグ(His-tag)を付加したタンパク質の精製では,使用することができません.
EGTA
Ethylene glycol tetraacetic acid(グリコールエーテルジアミン四酢酸)の略です.
金属イオン(特にカルシウムイオン)をキレートして,メタロプロテアーゼの活性を阻害します.
EDTA と異なり,こちらはマグネシウムイオンとは結合しません.
ヒスタグ(His-tag)を付加したタンパク質の精製では,使用することができません.
天然のプロテアーゼインヒビター
培養細胞の継代でトリプシン処理を行った後,血清を添加した培地を加えますよね.
なぜ,「血清を添加した」培地なのでしょうか?
それは,血清中にトリプシンの阻害物質(α2‐マクログロブリンなど*3)が含まれているからです.
ココで注意したいのは,トリプシンの活性を維持した状態で細胞培養を行う実験系があることです.
血清中にはトリプシン阻害物質が含まれているので,細胞の増殖を支持するために血清を使うことはできません.

どうするの?

血清の代わりに,ウシ血清アルブミン(BSA)を添加して,細胞の増殖を維持します.
ただ, BSA は血清中の栄養素に代わるものではないので, BSA では維持できない細胞もいます.
その場合は,市販されている各種 “Serum free medium” をお試しください!
*3「など」とした理由は,血清中に含まれる物質は,現在でも完全には解明されていないからです.血清に含まれる未知の成分を解明し,合成系でそれを完全に再現することができれば良いのにな~♪
もっと勉強したい方へ
・富士フイルム 和光純薬株式のホームページ

・メルクミリポア社のホームページ
・細胞分散試薬の比較【トリプシンだけじゃないよ♪】

以上,緩衝液に混ぜるプロテアーゼインヒビターのお話でした.
市販されているカクテルを買う余裕がなくなったときや特定のプロテアーゼだけを阻害したいときに参考にしていただければ幸いです.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年1月3日 フール