細菌培養用培地の成分比較【LB vs. S.O.C vs. TB】

LB培地・S.O.C培地・TB培地って何が違うんですか?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
皆さんは,細菌培養でどんな培地を使っていますか?
以前,細胞培養用の培地の成分を比較した記事を書きました.
今回はその延長で,細菌培養用培地の成分を比較しようと思います.
ただ,一言で「細菌」と言っても,病原性細菌から分子生物学で扱う非病原性細菌まで非常にたくさんの細菌がいます.
対象とする細菌によって使用する培地も変わるので,細菌培養用培地も様々な種類があります.
あんまりマニアックな培地を比較してつまらないので,今回は皆さんがよく使うであろうLB培地・S.O.C培地・TB培地の成分を比較しました.
本記事を読み終えると,培地成分の違いが分かり,明日からの実験がもう少し楽しくなりますよ!
サマリー・細菌の培養を目的とした培地には,炭水化物・ペプトン・無機塩類・エキス類が栄養素として含まれています.
・その他,浸透圧やpHの調整のために加える試薬もあります.
細菌培養用培地の栄養成分
細菌の培養を目的とした培地には,以下の成分が含まれています.
- 炭水化物
- ペプトン
- 無機塩類
- エキス類
- その他
1つずつ確認していきましょう!
炭水化物
炭素源として加えています.
炭素は,細胞を構成する有機物質の構成成分として必須の物質です.
独立栄養型の細菌はCO2を炭素源として利用できますが,従属栄養型の細菌は培地中にある炭水化物を炭素源として利用します.
例えば,グルコース(ブドウ糖)やグリセリン(グリセロール)などが有名ですね!
ペプトン
動物や植物の蛋白質を酵素や酸によって分解し,ペプチドやアミノ酸の混合物となった物をペプトンと呼びます.

なんで,分解した物を利用するの?

いい質問ですね!
細菌の多くは,タンパク質をそのまま培地に添加してもそれを利用することが出来ないからです.
酵素などでペプチドやアミノ酸レベルまで低分子化することで,細菌が利用できるようになります.
さて,ペプトンの役割ですが,ペプトンは窒素源として加えています.
窒素は,蛋白質・核酸・補酵素などの構成成分です.
大気中の窒素を利用できる細菌は少ないため,栄養素として供給しています.
ペプトンの種類
詳しくは書きませんが,ペプトンには色々な種類があります.
- 獣肉ペプトン
- 心筋ペプトン
- 大豆ペプトン
- ゼラチンペプトン
- カゼインペプトン(トリプトン)
それぞれに特徴があり,対象とする細菌ごとに使い分けが存在します.
無機塩類
細菌の増殖に必要な無機塩類(ミネラルまたは灰分)
P・S・K・Na・Ca・Mg・Fe・Cu・Zn・Mn・Co・Moなどがあります.
中でもK・Ca・Mg・Feは,要求量が高い細菌が多いですね.
エキス類
アミノ酸・プリン・ピリミジン・ビタミン類などを自ら合成する能力が無い細菌がいます.
そういった細菌を実験室で培養するためには,上記成分を培地中に添加する必要があります.
各成分を1つずつ加えても良いですが,添加する物の詳細な条件が分からないことも多いです.
そこで,アミノ酸・プリン・ピリミジン・ビタミン類などを豊富に含むエキス類(例えば,肉を水で浸出し濃縮した肉エキス)を添加します.
エキスの種類
詳しくは書きませんが,エキスにも色々な種類があります.
- 肉汁
- 肉エキス
- 酵母エキス
- 心筋浸出液
- 心筋脳浸出液
- カツオエキス
- ポテトエキス
こちらにもそれぞれ特徴があり,対象とする細菌ごとに使い分けが存在します.
また,大豆ペプトンをエキスとして利用することもあります.
浸透圧調整剤
細菌の菌体内外の浸透圧を調整するためにNaClを添加します.

細菌って細胞壁があるよね?

これもイイ質問ですね!
確かに細胞壁があるので,浸透圧を気にする必要は無いと思うかもしれません.
ただ,培養を開始したばかり時は,細胞壁の合成が不完全な菌体(プロトプラスト)も出現すると言われています.
そして,プロトプラストのままで細胞分裂が起こります.
プロトプラストは低調液中で溶菌するので,浸透圧の調整が必要なんですね!
pH調整剤
ペプトン類やエキス類は酸性なので,NaOHやNa2CO3を加えてpHを7.0~7.2に合わせます.
また,炭水化物の代謝に伴って培地中に酸が蓄積してもpHが低下します.
これが細菌にダメージを与える場合もあるので,それを考慮して培地自体をリン酸緩衝系にすることがあります.
その他
一部の病原性細菌の培養では,血液を加えることがあります.
血液を加える理由は,3つあります.
- 細菌の発育阻害物質を赤血球が吸着するから.
- ビタミンや脂質による発育促進効果を期待するから.
- 溶血反応による細菌の分類・診断方法が確立されているから.
栄養成分の補給では馬の血液を加えることが多く,溶血反応の評価では羊の血液を加えることが多いです.
LB培地・S.O.C培地・TB培地
前置きが長くてすみません(笑).
それでは本題です.
LB培地・S.O.C培地・TB培地の成分は,以下の通りです.
LB培地
トリプトン・酵母エキス・食塩(NaCl)からなる培地です.
分子生物学の分野では定番の培地ですね!
ちなみに,食品衛生分野でもLB培地がありますが,これは全くの別物です.
ココでのLBは “Lysogeny broth” または “Luria-Bertani”の略ですが ,食品衛生分野のLBは乳糖ブイヨン(Lactose broth)の略です.
SOC培地
コンピテントセルの回復を促し,形質転換効率を高めるために考案された培地です.
その元となったのは,SOB(Super optimal broth)培地で,SOB培地にグルコースを加えたものがSOC(Super optimal catabolite repression)培地です.
KやMgは,生体内で核酸の増幅酵素や修飾酵素などに必要なミネラルです.
KやMgはペプトン類よりもエキス類に多く含まれていますが,さらに培地に添加することでコンピテントセルの回復や分裂を促進するのかもしれませんね.
NaClの量が少なめですが,その理由はよく分かりません(笑).
TB培地
TBは “Terrific broth” の略で,直訳すると「すごい」とか「凄まじい」培地って意味ですね(笑).
炭素源としてグリセリンを含み,さらに酵母エキスも多めなので,栄養豊富な細菌増殖用培地と言えるでしょう.
プラスミド抽出のために大腸菌を培養しますが,時々LBでは増えにくい株がいます.
そんな時にTB培地を使うと十分な菌量を確保できることがありますよ!
ただ,グリセリンは解糖系(エムデン・マイヤーホフ経路)に入ってピルビン酸や乳酸を生成します.
培地が酸性に傾きやすいので,緩衝剤(リン酸塩)を加えています.
もっと勉強したい方へ
- HANAHAN, Douglas. Studies on transformation of Escherichia coli with plasmids. Journal of molecular biology, 1983, 166.4: 557-580.
- Russell D. W. and Sambrook J., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 3rd edn, 2001.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年10月18日 フール