リン酸緩衝液のお話【PB?それともPBS?】

リン酸緩衝液とリン酸緩衝生理食塩水
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PBとPBS

PBとPBSって何が違うの?

本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.

フールは元研究者であり獣医師でもある

フールの登場

こんにちは.

博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.

本記事は,緩衝液の各論の第1回目です.

第1回はリン酸緩衝系です.

皆さんは,PBとPBSを区別していますか?

どちらもリン酸緩衝系のバッファーですが,大きく異なる点があります.

それは浸透圧です.

”S” の有無で用途は大きく変わりますので,気を付けましょう.

それでは久しぶりに,教員と学生のやりとりを見ていきましょう.

これから細胞培養を行いますので,PBS (-) を持ってきてください.

はーい.

先生,持って来ました!

これはPBSではなくPBです

ありが・・・これはPBSではなくPBですね.

PBS (-) をお願いします.

PBとPBSは何が違うんですか?

あとPBS (-) の (-) って何ですか?

分からないのに,なぜ「はーい」と言ったのよ…

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サマリー・PBはリン酸緩衝液,PBSはリン酸緩衝生理食塩水です.

・pHだけを気にする場合はPB,pHと浸透圧を気にする場合はPBSを使います.



リン酸とは?

正式名称:Phosphorous(和名:オルトリン酸)

分子式:H3PO4

構造式:リン酸の構造式

分子量(g/mol):98

性質:水溶液中では,pHにより存在するイオン形が異なります.

働き:塩基を加えると以下に示すようにリン酸が電離して緩衝液となります.

リン酸に塩基を加えると,pHが変わる

特徴:

・安いから大量に作れる!
・希釈によるpH変化が大きい
・緩衝能が有効な範囲は,pH6.0 ~ 7.6
・リン酸は生体内にも存在する.そのため,生体内の反応を阻害しにくい.

PB(リン酸緩衝液)とPBS(リン酸緩衝生理食塩水)

PBは,”Phosphate buffer” の略で,リン酸二水素ナトリウム水溶液酸性)とリン酸水素二ナトリウム水溶液(塩基性)を混ぜて作ります.

リン酸二水素ナトリウム水溶液リン酸水素二ナトリウム水溶液を加えることで,pH = 5.8 ~ 8.0に調整可能な緩衝液です.

希望の pH となるように溶液を調整してから使います.

一方,PBSは “Phosphate buffered saline” の略です.

“Saline” という単語が示すように生理食塩水(154 mEq/LのNaCl*1,2)が含まれています.

リン酸緩衝液でpHを7.2-7.6*3に調整しています.

だから,PBSの和名はリン酸緩衝生理食塩水です.

*1小学校の理科で,0.9%の食塩水が生理食塩水だと習ったと思います. これは,1 L の水に食塩(NaCl)が9.0 g 溶けているという意味です. NaClの1モルの重さは58.44 g なので,9 g ÷ 58.44 g/mol ≒ 0.154 mol = 154 mmol です.これが 1 L の水に溶けているので,154 mmol/Lですね.
*2NaClは電解質なので,水に溶かすとイオン化(NaCl → Na++Cl-)します. mEq/Lは,電解質濃度を表す単位です.溶液 1 Lに含まれている電解質量を表します.mEq/L は,mmol/L に電解質の電荷数を掛けると算出できます.例えば,Na+なら 154 mmol/L × 1 価 = 154 mEq/Lですが,もしコレが Ca2+ だったら154 mmol/L × 2 価 = 308 mEq/Lとなります.
*3ヒトの血液のpHは7.4なので,pH7.4に合わせますが,自作だと ± 0.2の範囲でズレることがあります.
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PBとPBSの使い分け例

PB:染色液の希釈液を作製するとき,組織固定液を作製するとき

PBS:細胞培養で細胞を洗浄(リンス)するとき,抗体を希釈するとき

pHだけを気にする場合pHおよび浸透圧の両方を気にする場合のどちらかで判断すると良いでしょう.

PBS (-)とPBS (+)

Ca2+やMg2+含むPBSをPBS (+)と表記します.

一方,Ca2+やMg2+含まないPBSをPBS (-)と表記します.

しかし,一般にPBSと言う場合は,PBS (-)を指す人が多いですね.

細胞継代で使うのはPBS (-)

接着細胞の継代で,細胞を洗浄するために使うPBSはPBS (-)です.

接着細胞が容器の底にくっつく時,Ca2+やMg2+を必要とします.

継代操作では,接着した細胞を剥がすので,Ca2+やMg2+は無い方が良いですよね!

PBS (+)の滅菌

ちなみに,PBS (+) はオートクレーブ滅菌することができません

PBS (-) をオートクレーブ滅菌した後で,濾過滅菌した塩化カルシウム溶液および塩化マグネシウム溶液を無菌的に追加します.

または,PBS (+) を濾過滅菌します.

PBの作り方

ここでは,0.1 mol/L のリン酸ナトリウムバッファーの作り方をご紹介します.

使用する試薬は以下の通りです.

  1. リン酸水素二ナトリウム無水物(Na2HPO4
  2. リン酸二水素ナトリウム無水物(NaH2PO4

プロトコール

  1. 以下に示すように,0.2 mol/L リン酸水素二ナトリウム水溶液0.2 mol/L リン酸二水素ナトリウム水溶液を作製する. ちなみに,無水物の代わりに水和物を使用しても問題ありません(分子量の計算は,各自でお願いします).

PBの作り方

  1. 以下を参考にしながら*4,希望のpHになるように,各々の溶液を混ぜます.

PBのpHの合わせ方

  1. 50 mLの蒸留水を加える.
  2. オートクレーブ滅菌した後,4℃で保存する.
*4私が過去に調整したことがあるpHです.私のノートにはコレしか記録がありませんでした.0.2刻みで調整した記憶があるのですが…(笑).それ以外のpHは,各々の量を調整して頑張って作ってください(笑).

PBS (-)の作り方

実は,PBS (-)には各論があり,少なくとも3種類のPBS (-)が存在します*5

① KClを使用しない PBS (-)*6

② Cold Spring Habor Protocolsに基づく PBS (-)*7

③ Dulbecco の PBS (-)*8

*5論文の"Materials and Methods"でPBSと書く場合,どのPBSを使用したかを書く必要があると思います.しかし,PBSの詳細については書いてないことが多いです.
*6Robert F. et al., J Gen Physiol. 24: 447-457, 1941. では,"Standard saline-phosphate solution" と命名していました.
*7詳細はこちら(doi:10.1101/pdb.rec8247 Cold Spring Harb Protoc 2006.).CSH-PBSと表記する人もいます.
*8DPBSまたはD-PBSと略すことがあります.

各々の作り方を順にお示しします.

なお,リン酸水素二ナトリウム無水物の代わりにリン酸水素二ナトリウム十二水和物を使用しても問題ありません(分子量の計算は,各自でお願いします).

また,K+ の存在が望ましくない場合は,リン酸二水素カリウムをリン酸二水素ナトリウムに変えてください(分子量の計算は,各自でお願いします).

PBSの緩衝作用は,H2PO4 と HPO42- の Hの授受によるものなので,カリウムナトリウムに変えても問題ありません.

KClを使用しないPBS (-)

使用する試薬は以下の通りです.

  1. リン酸水素二ナトリウム無水物(Na2HPO4
  2. リン酸二水素カリウム(KH2PO4
  3. 塩化ナトリウム(NaCl)

プロトコール

  1. 文献*6には,”an approximately isotonic mixture of nine parts of 1 per cent NaCl, 0.2 parts of M/15 KH2PO4, and 0.8 parts of M/15 Na2HPO4.” とありました.先ず,1/15 mol/L リン酸水素二ナトリウム水溶液1/15 mol/L リン酸二水素カリウム水溶液1% NaCl溶液を作製します.

KClを使用しないPBSの作り方

  1. 以下に示すように各溶液を混ぜます.

KClを使用しないPBSの作製

  1. オートクレーブ滅菌した後,室温または4℃で保存します.

Cold Spring Habor Protocols に基づくPBS (-)

使用する試薬は以下の通りです.

  1. リン酸水素二ナトリウム無水物(Na2HPO4
  2. リン酸二水素カリウム(KH2PO4
  3. 塩化ナトリウム(NaCl)
  4. 塩化カリウム(KCl)
  5. 6 mol/Lの塩酸(HCl)

プロトコール*7

  1. 以下に示すように各試薬と蒸留水を混ぜます.

Cold Spring Habor Protocols に基づくPBSの作り方

  1. 塩酸(HCl)でpHを 7.4 に合わせます.
  2. 蒸留水で 1 L にメスアップします.
  3. オートクレーブ滅菌した後,室温または4℃で保存します.

DulbeccoのPBS (-)

私は,10倍濃縮液(10x)を作製し,それを10倍希釈して使用していました.

ココに書いてある内容は全て10倍濃縮です.

使用する試薬は以下の通りです.

  1. リン酸水素二ナトリウム無水物(Na2HPO4)
  2. リン酸二水素カリウム(KH2PO4)
  3. 塩化ナトリウム(NaCl)
  4. 塩化カリウム(KCl)
  5. 6 mol/Lの塩酸(HCl)

プロトコール

  1. 以下に示すように各試薬と蒸留水を混ぜます.

DulbeccoのPBSの作り方

  1. 塩酸(HCl)でpHを 6.8*9 に合わせます(実際は,上記を混ぜるだけでpH6.8になることが多いです).
  2. 蒸留水で 1 L にメスアップします.
  3. 使用する量だけ採取し,蒸留水で10倍に希釈する.
  4. オートクレーブ滅菌した後,室温または4℃で保存する.
*91x D-PBSとしたときは,pH7.4付近になります.
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既製品のPBまたはPBS

PBとPBSの作り方を紹介してきましたが,近年は各メーカーから既製品も多くでております.

既製品*10を使うメリットは,試薬調整に割く時間を他の仕事に当てることができることです.

デメリットは,お金がかかることバッファーの組成を知らずに使う者が増えることですね.

研究費に余裕があり,且つ,バッファーの組成を理解している人は,積極的に使用しましょう!

先にも書きましたが,本記事の執筆過程でPBSの組成にも各論があると知りました.

既製品のPBSは,どのPBSなのかでしょうか?

数社ですが調べてました!

「細かいことが気になるのが僕の悪いクセ」なので,少しお付き合いください(笑).

既製品のPBまたはPBSのリスト

*10英語では,Ready to use(RTU)と書かれることが多いです.

シグマアルドリッチは,全ての PBS を販売していました.

その他は,KCl を使用しないPBS (-) と D-PBS(-) を扱っているところが多いようです.

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いかがでしょうか?

PBとPBSは違うもので,用途も異なるということが分かったでしょうか?

後半は,少しマニアックな内容になってしまいました.

テストとかは無いので,覚えなくても良いですよ~.

忘れたらココに戻ってきてください!

最後までお付き合いいただきありがとうございました.

次回もよろしくお願いいたします。

2019年12月9日 フール

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