グッドバッファーは「良いバッファー」ではありません
グッドバッファーって何ですか?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
緩衝液の各論第三回はグッドバッファーです.
この「グッド」は,「良い」とか「素晴らしい」という意味ではありません.
確かにスペルは “good” なのですが,正確には “Good” です.
なぜなら,「グッド」は人物名だからです.
本記事は,グッドバッファーについて簡単にまとめた総論になります.
サマリー・Dr. Goodらが開発した緩衝剤をグッドバッファー(Good’s buffers)と呼びます.
・リン酸緩衝系やトリス緩衝系の欠点を克服した緩衝系です.
グッドバッファーは「良いバッファー」ではありません
冒頭でも書きましたが,グッドバッファーの「グッド」は,「良い」や「素晴らしい」の “good” ではありません.
だから,グッドバッファーを直訳して「良いバッファー」と考えるのは止めましょう!
グッドバッファーの「グッド」は,開発者である Dr. Good に由来します.
Dr. Good らは,リン酸緩衝系やトリス緩衝系が実験に適さない場合に使用可能な緩衝系を探していました.
そして,後述する 12 種類の緩衝試薬が開発しました.
それらがグッドバッファーです.
Dr. Good らが開発した緩衝剤を総称して「グッドバッファー(Good’s buffers)」と呼んでいます.
リン酸緩衝系やトリス緩衝系がダメな理由
その当時,すでにリン酸緩衝系やトリス緩衝系は存在しました.
それでは,リン酸緩衝系やトリス緩衝系がダメな理由は何だと思いますか?
リン酸緩衝系のダメなところ
リン酸緩衝系はpH7.5以上では十分な緩衝力を得ることができません.
また,金属イオンと錯体形成し,特にCa2+やMg2+の場合は沈殿を形成します.
そのため,活性発現に金属イオンが必要な酵素(カルボキシペプチダーゼなど)の活性を測定する系には向きませんでした.
加えて,希釈によるpH変化の度合いが大きいことも問題です.
トリス緩衝系のダメなところ
トリス緩衝系はpH7.5以下では十分な緩衝力を得ることができません.
また,温度の影響を強く受けるので温度変化を伴う実験には不向きでした.
加えて,第1級アミンなので生体系では阻害作用を起こすことから,培養細胞を用いた実験にも不向きでした.
生化学研究や生物学研究において重要な緩衝剤の基準
Dr. Goodらは,上述の欠点を克服した緩衝剤を求めていました.
そこで,新しい緩衝剤を開発するにあたり,生化学研究や生物学研究において重要な基準を決めました.
その基準は以下の通りです.
酸解離定数(pKa)が6〜8付近
生物学的反応のほとんどは中性付近(pH 6〜8)で起こります.
このため,このpH近辺で緩衝能が最大となる試薬が理想的ですね.
可溶性
水に溶けやすい試薬が望まれた理由は3つあります.
- 水に溶けやすい方が扱いやすいから.
- 生体内の反応は,水を介した反応だから.
- 生体内の非極性部分(細胞膜や細胞内小器官)への蓄積を避けるため*.
*水に溶けやすいということは,有機溶媒などの非極性溶媒への溶解度が低いということです.
細胞膜の不浸透性
上述したとおり,細胞内に緩衝剤が蓄積することを避けるためです.
最小のイオン強度
イオン強度が高い溶液は,静電的な相互作用力で形成されている凝集体の解離を促進します.
そのため,生体系内で問題を起こす可能性があります.
金属イオンと相互作用しない
緩衝試薬は,金属イオンと錯体を形成しないことが理想です.
理由は,活性発現に金属イオンが必要な酵素の活性を阻害するからです.
安定性
例えば,酵素反応中に分解してしまう試薬は,緩衝剤として不適ですね.
だから,化学的に安定であることは重要です.
吸光度
吸光領域(特に可視光領域と230 nmより長波長側の紫外領域に)を持つ場合,吸光光度法による測定を阻害してしまいます.
準備が簡単
緩衝試薬に限らず,準備は簡単な方が良いですね.
25種類の緩衝試薬
前述の基準を考慮して,12種類の緩衝試薬が開発されました.
それが以下の緩衝試薬です.
*pKa at 20̊C
その後も,前述の基準を考慮した緩衝剤が開発され続けました.
それが以下の緩衝試薬です.
現在では,オリジナルの12種類だけでなく,この13種類を含めた25種類の緩衝試薬をグッドバッファーと呼ぶ人が多いです.
もっと勉強したい方へ
・GOOD, Norman E., et al. Hydrogen ion buffers for biological research. Biochemistry, 1966, 5.2: 467-477.
・GOOD, N. E.; IZAWA, S. Photosynthesis and Nitrogen Fixation. Methods Enzymol, 1972, 24: 53-68.
今回は,これで終わります.
次回は,グッドバッファーの各論です.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いします.
2019年12月24日 フール