
ホルマリンを水道水で希釈する時とリン酸緩衝液で希釈する時があるのはどうして?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
本記事の内容・水道水(または精製水)で希釈した酸性ホルマリンのメリット&デメリット
・リン酸緩衝液で希釈した中性緩衝ホルマリンのメリット&デメリット

こんにちは.
元研究者のフールです.
病理組織標本を作製するとき,ホルマリンで組織固定を行う人は多いと思います.
ところで,使用しているホルマリンは酸性(非緩衝)ホルマリンですか?
それとも中性緩衝ホルマリンですか?

この違いは重要ですよ!
なぜなら,費用や研究・検査目的によって使い分ける必要があるからです.
この記事では,ホルマリンの種類と使い分けをまとめました.
本記事を読み終えると,コストと目的を意識した組織固定ができるようになりますよ!
サマリー・酸性ホルマリンは浸透が早く固定時間が短いが,染色性が低下する.
・中性緩衝ホルマリンは浸透/固定に時間がかかるが,染色性は低下しない.
ホルマリンの種類
ホルマリンは,ホルムアルデヒド(HCHO)を溶解して35~38%水溶液としたものです.
また,日本薬局方で定められている「局方ホルマリン」は,安定化剤としてメタノールが添加されています.
組織固定では,このホルマリンを5~10倍に希釈し,10~20%ホルマリン液に調整して使用しますね.

問題は希釈で使用する溶媒です.
ホルムアルデヒドは水と反応するとギ酸を生成します.
2HCHO + H2O → CH2(OH)2 + HCHO → CH3OH + HCOOH
だから,水道水(または精製水)で希釈した非緩衝ホルマリンはpH4くらいになります.

この特徴から水で希釈したホルマリンを通称「酸性ホルマリン」と呼ぶよ.
ギ酸は,赤血球中のヘモグロビンと反応して酸化ヘマチンを生成します.
酸化ヘマチンは茶褐色しているので,DAB染(免疫染色の発色法の1つ)での判定が困難になります.

この酸化ヘマチンの析出を抑えるためにホルマリン液のpHを中性に維持する必要がでてきたんだ.
そして,リン酸緩衝液で希釈した中性緩衝ホルマリンが誕生しました.
ホルマリンの使い分け
酸性ホルマリンと中性緩衝ホルマリンでは,固定作用に違いがあることが分かっています.
酸性ホルマリンは,浸透力が強いですが組織の収縮や硬化に伴う変形が起こりやすいです.
また,抗原性が保持されにくく,特殊染色の染色性も低下します.

これらの特徴を考慮して,ホルマリン液を次のように使い分けることが出来るよ!
- コスト重視:酸性ホルマリン
- 体または臓器まるごとの固定:酸性ホルマリン
- HE染色:酸性ホルマリン or 中性緩衝ホルマリン
- 免疫染色の実施:中性緩衝ホルマリン
- 特殊染色の実施:中性緩衝ホルマリン
両方のホルマリンを使う場合
マウスやラットで個体を固定し,その後,各臓器の免疫染色や特殊染色を行う場合もあります.
このような場合は,最初に酸性ホルマリンで固定を行い,2~3日以内に切り出しを行ってください.
小片にした組織を中性緩衝ホルマリンで再固定すると,両ホルマリンのメリットを利用できます.
核酸への影響は?
病理学研究の主な対象はタンパク質でした.
近年は,In situ hybridization(ISH)法・PCR・NGS解析など,組織中の核酸検索も盛んになっています.
ただ,核酸はギ酸などの影響で断片化してしまいます.
そして,その影響は遺伝子のサイズが大きいほど顕著です.

個人的な経験では,中性緩衝ホルマリンで24時間・室温で固定した組織から抽出したDNAでは600 bp 以上ある遺伝子の増幅ができませんでした.
ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)検体のような加温処理が加わったサンプルでは,断片化の影響はさらに激しくなるのではないかと想像しています.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2023年2月19日 フール