エビデンス(科学的根拠)とは何か?

「エビデンスは現在のところ存在しない」って言い回しがメディアで話題だけど,そもそも「エビデンス(科学的根拠)」って何ですか?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
GoToトラベル事業・GoToイート事業の見直しが発表されましたね.
GoToイート事業を利用して普段行かない飲食店にも行ってみようと考えていた矢先だったので,とても残念です.
見直しの発表に際して,1つ気になるのは「感染拡大の主要な要因であるとのエビデンスは現在のところ存在しない」という表現です.
「その対策にエビデンスはあるのですか?」というメディア側の質問が流行っているので(笑),それに対して先手を打つ言い回しですが…
そもそも「エビデンス(科学的根拠)」とは何なのでしょうか?
本記事では「エビデンス(科学的根拠)とは何か?」についてまとめました!
研究に携わる人にとっては「当たり前だよね」って思う内容が大半ですが,最後までお付き合いいただけますと幸いです.
サマリー・研究およびその解析結果から導かれた科学的な裏付けをエビデンスと呼んでいます.
・科学的根拠となり得るのは,査読(審査)がある学術誌に掲載された論文だけです.
・学術誌に掲載された論文でも,研究デザインが不適切な論文はエビデンスとして不十分です.
エビデンス(科学的根拠)とは?
研究・調査およびその解析結果から導かれた科学的な裏付けをエビデンス(科学的根拠)と呼んでいます.
これは,どんな調査でも良いという意味ではありません.
その「科学的な裏付け」は,論文という形で査読(審査)がある学術誌に掲載されていなければなりません.
論文が学術誌に掲載されるまでのステップを簡潔にまとめると,
- 論文を書く
- 論文を投稿する
- 編集者や査読者の審査をクリアする
の3ステップがあり,これは慣れた人が行っても2-3か月くらいかかります.
GoToトラベル事業は2020年の7月22日から,GoToイート事業は2020年の10月1日から始まりました.
GoToトラベル事業に関しては,開始時点で調査も同時並行で進めていれば,エビデンスの1つや2つが出てくる頃かもしれませんが…
そんなことをやっている研究グループはいないでしょう(笑).
だから,GoTo事業が「感染拡大の主要な要因であるとのエビデンスは現在のところ存在しない」というのは当たり前なのです!
学会発表だけではダメ
研究・調査の成果報告を行う方法は,以下の2種類です.
- 学会発表
- 学術誌での論文掲載
そして,成果報告がエビデンス(科学的根拠)と認識されるのは,後者(学術誌での論文掲載)だけです.
なぜなら,学術誌に掲載される論文は,掲載前にその分野の専門家による審査(査読)があるからです.
その報告を世の中に公表する価値があるかどうかが判断されるんです.
一方,学会発表は,その学会の会員ならば,内容の審査を受けることなく成果を報告できてしまいます*.
だから,学会発表のみの報告はエビデンス(科学的根拠)として認識されません.
*発表内容を審査する学会もありますが,それは学術誌の査読に代わるものではありません.
査読システムが緩い学術誌もある
注意して欲しいことがもう1つあります.
それは査読システムが緩い学術誌・査読システムを導入していない学術誌もあるということです.
例えば,「多くの科学者によって参照されること」を目的としている雑誌の場合,最低限の査読しか行わないことがあります.
これは研究・調査の成果を迅速に公開することで,それを参照した科学者(第三者)による検証を促すという側面もあるからです.
たしかに複数の研究で「同じ結果である」と評価されれば,その再現性・正確性は高いですよね!
でも,全て分野で第三者による検証が実施されているわけではありません.
そもそも検証を行う研究者たちは,査読システムがちゃんとしていない報告に興味を持つのかも分かりません(笑).
研究デザインは適切か?
査読システムを導入している学術誌に掲載された論文であっても,研究デザインが不適切な論文はエビデンス(科学的根拠)として不十分です.
例えば,ヒトを対象とした学問なのに,培養細胞・動物だけを使った基礎研究の実験結果を根拠とした論文が多いですよね(笑).
もちろん,それらは基礎研究の結果としては重要な知見です.
しかし,それがヒトでも同様に当てはまるとは限りません.
ヒトを対象とした学問では,「ヒトでも同様に当てはまる」ことを検証した結果を報告した論文だけがエビデンス(科学的根拠)なのです.
「GoTo事業」を対象とした研究を考えてみた
前半で「そんなことをやっている研究グループはいないでしょう」って書きました.
もちろん,私がそのように考える理由があります.
最後にその理由を説明しますね!
これから「GoToキャンペーン介入は,新型コロナウイルス感染症患者を増加させる?」という仮説を立て,それを検証するための研究デザインを考えます.
どのような研究デザインが適切だと思いますか?
私は,研究デザインの概要として,以下の2つを考えました.
- GoToキャンペーンを利用した人の新型コロナウイルス感染症の陽性率がGoToキャンペーンを利用しなかった人のそれよりも統計的に有意に高いことを確認する.
- GoToキャンペーン利用者と非利用者の新型コロナウイルス感染症の陽性率の比を求め,その比の95%信頼区間を推定し,その下限が1.0より大きいことを確認する.
上記のどちらかを示した報告が,査読のある学術誌に掲載された時に初めて,「GoToキャンペーン介入は,新型コロナウイルス感染症患者を増加させる」というエビデンスが存在することになります.
研究を実施するまでに存在する3つのハードル

GoToキャンペーンを利用群と非利用群の陽性率を調べるだけでしょ!

簡単ですね!
このように思った方もいるかもしれませんね(笑).
でも,これは非常に大変なことなんですよ!
少なくとも3つのハードル(困難)があります.
- 倫理のハードル
- 対象集団の選定のハードル
- 被験者の無作為化のハードル
倫理のハードル
どんな研究でも,法律・倫理に関するルールや基準をクリアしなければなりません.
中でもヒトを対象として研究では,クリアしなければならないルールや基準が多数あり,特にヒト倫理に関するハードルのクリアは難しいです.
対象集団の選定のハードル
どのような集団を対象とするのか?
これは非常に重要なことです.
対象とする集団に何らかの特徴が集中している場合,そこから得られた結果は偏った結果になります.
その結果は他の集団でも当てはまるのか?
これを考察することが難しくなります.
だから,偏りがない集団を選定する必要があります.
でも,これがまた難しい~
被験者の無作為化のハードル
感染症がテーマの場合,被験者の衛生意識の違いが影響する可能性があります.
例えば,衛生意識が高い人(日頃から衛生に注意を払う傾向が強い人)は…
- 手洗い・うがい・マスクの着用などを積極的に行っているかも.
- GoToキャンペーンを利用しない方を選ぶかも.
このままでは,新型コロナウイルス感染症の陽性率の差がGoToキャンペーン介入の有無ではなく,日常的な衛生習慣の差に起因する可能性は否定できません.
これでは本当に観察したい「GoToキャンペーン介入の影響」が分からなくなってしまいます.
だから,衛生意識の高い人の割合が偏ることがないような工夫として無作為化(ランダム化)が必要なのです.
つまり「GoToキャンペーン利用群」と「GoToキャンペーン非利用群」を決める時に,被験者の希望を聞くのではなくランダムに割り当てるのです.
すると,理屈の上では,衛生意識の高い人の割合がどちらかに偏る可能性は非常に低くなります.
別の問題が出てくる
でも,この場合は別の問題も出てきます.
それは,自身が「GoToキャンペーン利用群」になったら研究への参加を辞める可能性があることです.
最初の倫理のハードルに戻りますが,被験者が参加を辞退した場合は,調査者はそれを受け入れなければなりません.
被験者に調査への参加を強制することはできませんからね(笑).
でも,参加を辞退する人が増えれば調査ができません.
そしたらまた,集団の選定からやり直す必要があるんです.
ぐるぐる巡回しそうですね(笑).
GoTo事業の開始と同時に,これらのハードルをクリアすることは非常に困難だと思いませんか?
だから,私は「そんなことをやっている研究グループはいないでしょう」って書きました.
政治家の仕事は決断をすること
以上の理由から,GoTo事業と新型コロナウイルス感染症の患者数に関するエビデンスをすぐに用意するのは無理です.
でも,エビデンスが出てくるのを待っていては,何も変わりません.
もしかしたら,自体は悪化するかもしれません.
だから,エビデンスが存在しませんが,「GoToキャンペーン介入は,新型コロナウイルス感染症患者を増加させる」可能性が高いと判断し,GoTo事業の見直しを発表したのでしょう.
「政治家の仕事は決断をすること」だと私は思っているので,「エビデンスはあるのですか?」という質問を恐れずに発表したことは良いと思います.
でも,医師会や専門家会議が提言するまで待っていたのはダメですね(笑).
政府が,医師会や専門家会議に積極的に意見を聴くという姿勢が見たかったな~
以上,GoTo事業におけるエビデンスでした
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年11月23日 フール