
大腸菌株の遺伝子型ってどう解釈すれば良いの?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.

こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
皆さんは,どんな大腸菌株を遺伝子組換え実験で使ってますか?
DH5α,TOP10,JM109,DE21などが有名ですから,これらを使っている方が多いと思います.
現在,百種類以上の大腸菌株が確立されています.

実は,そのほとんどの株がK-12株およびB株という2種類の株に由来するんですよ.
たった2株の大腸菌から数百種類の菌株が派生したなんてスゴイ話ですよね!
ところで,皆さんは使用している大腸菌株の特徴をご存知ですか?
遺伝子組換え実験では,大腸菌株の特徴を理解し,実験に適した株を使用することが大切です.
そして,大腸菌株の特徴は,各株の遺伝子型(Genotype)を見れば把握することができますよ.
この記事では,大腸菌の遺伝子型の見方について簡単にまとめました.
本記事を読み終えると,大腸菌株の遺伝子型の読み方が分かるようになりますよ.
サマリー・遺伝子名は,小文字3文字と大文字1文字で表現され,斜体で表記される.
・遺伝子産物(タンパク質)は,最初の文字を大文字にし,標準体で表記される.
・原則は,機能が欠損した遺伝子を記述される.ただし,例外も多い.
・制限系の有無をr+またはr–で,メチル化系有無をm+またはm–で表す.
大腸菌の総論
先ずは,大腸菌について簡単に知りましょう!
・学名:Escherichia coli ・グラム染色:陰性 ・形態:長径 2 - 4 μm × 短径 0.5 μmの桿菌 ・鞭毛:周毛性鞭毛(例外はある) ・生育条件:通性嫌気性 ・至適温度:37℃ ・至適 pH:6.0 - 7.0 ・倍加時間:20 - 30 分(1時間に 2 - 3 回の分裂) ・選択培地:マッコンキー寒天培地,DHL 寒天培地
1つのコロニーに存在する菌数
寒天プレート上の1つのコロニーを直径2 mm,高さ1 mmの半球状とする.
この半球の体積は,{4/3 × 3.14 × (2 ÷ 2)3 } ÷ 2 ≒ 2.1 mm3

大腸菌を直径0.5 μm,高さ3 μmの円柱状とすると…
この円柱の体積は,(0.5 ÷ 2)2 × 3.14 × 3 ≒ 0.6 μm3
2.1 mm3 ÷ 0.6 μm3 = 3,500,000,000 = 3.5 × 109
単純な体積の割算ですが,もし大腸菌が間隙なく増殖した場合,109以上の菌数が1つのコロニーに存在することになりますね!
大腸菌株の遺伝子型の記載ルール
さて,本題です.
大腸菌株の特徴を表す遺伝子型の記載には,ルールが存在します.
そのルールは,以下の通りです.
① 遺伝子名は斜体で表記 ② 遺伝子産物は標準体で表記 ③ 機能が欠損した遺伝子を記述 ④ 制限系の有無およびメチル化系有無を記述 ⑤ 溶原性ファージやプラスミドの有無を強調して記述 ⑥ 遺伝子の置換を記述
遺伝子名は斜体で表記
遺伝子名は,小文字3文字と大文字1文字で表現され,斜体で表記します.
例1:β-D- ガラクトシダーゼ遺伝子 > lacZ
オペロン・クラスターを構成している場合
遺伝子がオペロン・クラスターを構成している場合,4文字目の大文字を続けて表記します.
例2:ラクトースオペロン > lacZYA(lacZ–lacY–lacA)
遺伝子産物は,最初の文字を大文字にし,標準体で表記
遺伝子産物(タンパク質)は,最初の文字を大文字にし,標準体で表記します.
例:β-D- ガラクトシダーゼ > LacZ
機能が欠損した遺伝子を記述
記述される遺伝子は,機能が欠損した遺伝子です.
例1:recA1(recA1遺伝子の機能が欠損していることを意味します.)

しかし,例外も多くあります.
機能が正常であることを強調したいときは,遺伝子名の右肩に+と表記します.
例2:proAB+(proAB遺伝子の機能が正常であることを強調しています.)
反対に,機能が欠損していることを強調したいときは,遺伝子名の右肩に–と表記します.
例3:mcrA–(mcrA遺伝子の機能が欠失していることを強調しています.)
また,連続した複数の遺伝子が欠失している場合,“Δ” の後のカッコ内に,欠失領域の最初の遺伝子と最後の遺伝子をハイフンで結んだ記述をします.
例4:Δ (lac-proAB)(lacオペロンからproAB遺伝子までの領域を欠失しているという意味です.)

さらに,括弧内に表現型を記載することがあります.
その場合,最初の文字を大文字にし,その表現型の有無を+,–,r,sを右肩に併記します( rは resistant,s は sensitive の意味).
例5:(Kanr)(カナマイシン耐性を表しています.)
制限系の有無およびメチル化系有無を記述
制限系(DNAの切断活性)の有無を “r+” または “r–” で,メチル化系(DNAのメチル化活性)の有無を “m+” または “m–” で記述します.
例:hsdR17(rK–, mK+)(hsdR17遺伝子を欠損しEcoK制限酵素系は機能しないので,非メチル化DNAを切断しない.でも,自身が有するDNAはメチル化する.)
溶原性ファージやプラスミドの有無を強調して記述
溶原性ファージはやプラスミドの存在は,実験系に影響を与える可能性があります.
それらの有無は,遺伝子組換え実験において重要な情報になります.
例1:F’(F因子をもつ.)
例2:F–(F因子を持たない.)
例3:γ–(溶原性γファージを有していない.)
遺伝子の置換を記述
遺伝子の置換は,“::” で記述します.
例:mcrA1272::Tn10(テトラサイクリン耐性遺伝子をコードするトランスポゾン(Tn10)の挿入により置換され,mcrA1272遺伝子が破壊されたことを意味します.)
以上,大腸菌の遺伝子型の見方でした.
次回は,大腸菌株の遺伝子型に基づいた,適切な大腸菌株の選択方法についてまとめます.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年4月24日 フール