遺伝子型表の見方は分かったけど,どの遺伝子を見て菌株を選べば良いの?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
前回は,大腸菌の遺伝子型の見方についてまとめました.
次は,大腸菌株の遺伝子型に基づいた適切な大腸菌株の選択方法が知りたくありませんか?
この記事では,遺伝子組換え実験に適した大腸菌株の選び方をまとめました.
本記事を読み終えると,あなたの実験に適した大腸菌株は選べるようになりますよ!
サマリー・外来遺伝子の分解に関わる遺伝子の有無を確認しよう!
・遺伝子組換えに関与している遺伝子の有無を確認しよう!
・タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)をコードする遺伝子の有無を確認しよう!
遺伝子組換え実験の目的
遺伝子組み換え実験をする目的は,以下の2つ場合が多いと思います.
① 遺伝子クローニング ② タンパク質発現
本記事では,上記2つの目的に沿った大腸菌株の選び方をまとめました.
遺伝子クローニングに適した大腸菌株
私が考える遺伝子クローニングに適した大腸菌株の特徴は,以下の通りです.
① ブルーホワイトセレクションが可能 ② 制限酵素活性を有する遺伝子を欠損 ③ 相同的組換えに関わる遺伝子を欠損 ④ DNA分解に関わる遺伝子を欠損
1つずつ説明していきますね!
ブルーホワイトセレクションが可能
これは必須ではありません.
ただ,クローニングする対象遺伝子が多くなればなるほど,一連の作業を簡略したいですよね.
コロニーPCRなどを行うことなく,早い段階で外来DNAがベクターDNAに挿入されたことを判断できれば,実験のスピードは格段にアップします.
遺伝子型表で注目するは,β-D-ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)です.
ただ,lacZ を含むlac オペロンを欠失している株も多いです.
その時は,ラムダ状プロファージ(φ80)または F因子(F’)を確認しましょう!
φ80 または F’上に β-D-ガラクトシダーゼのωフラグメントをコードするlacZΔM15 があれば,ブルーホワイトセレクションが可能です.
例1:DH5αの場合 > F-, Φ80d lacZΔM15, Δ(lacZYA–argF)
例2:JM109の場合 > Δ (lac–proAB)/F’[traD36, proAB+, lac Iq, lacZΔM15]
制限酵素活性を有する遺伝子を欠損
多くの細菌は,メチル化していないDNAを外来DNAと判断し,分解する機構を有しています.
そして,PCR産物はメチル化されていません.
よって,クローニング対象が外来DNAとして認識され分解される可能性があります.
そこで注目する遺伝子型は,hsdR, hsdM, hsdS です.
これらを欠損している大腸菌株は,メチル化していないDNAを分解することができません.
例1:DH5αの場合 > hsdR17 (rK- mK+)
例2:TOP10の場合 > mcrA, Δ(mrr–hsdRMS–mcrBC)
メチル化しているDNAを分解する遺伝子
逆に,メチル化しているDNAを外来DNAと判断し,分解する制限酵素も存在します.
それをコードする遺伝子は,mcrA,mcrB,mcrC,mrrです.
上記のTOP10は,mcrABC・hsdRMS・mrrを欠失していますね.
全ての制限系が欠失しているので,クローニングにより向いているといえます.
でも,高価ですよ(笑).
相同的組換えに関わる遺伝子を欠損
細菌の染色体DNAに,導入したプラスミドDNAと相同的な塩基配列がある場合,染色体DNAとプラスミドが組換えを起こすことがあります.
これは,プラスミドに挿入した遺伝子の欠失・置換やプラスミドDNA自体の脱落の原因となります.
相同的組換えに関わる遺伝子には,recA, recB, recC, recD, recF, recJ があります.
しかし,この6つ全てを欠損させると大腸菌の生育阻害は起こってしまいます.
よって,多くの大腸菌株では,recAのみの欠損であることが多いです.
例1:DH5αの場合 > deoR, recA1, endA1
例2:SURE 株の場合 > lac recB recJ sbcC
DNA分解に関わる遺伝子を欠損
大腸菌がもつDNA分解酵素によりプラスミドが分解されてしまって意味がありません.
だから,DNA分解酵素の1つである非特異的エンドヌクレアーゼI(EndA)が機能しない株を使います.
例:JM109の場合 > recA1, endA1, gyrA96
タンパク質発現に適した大腸菌
タンパク質発現に適した大腸菌株の特徴は,以下の通りです.
① タンパク質分解に関わる遺伝子を欠損 ② 細胞質内の還元条件に関わる遺伝子を欠損
こちらも1つずつ見ていきましょう!
タンパク質分解に関わる遺伝子を欠損
タンパク質の発現・精製過程では,タンパク質分解酵素による目的タンパク質の分解を抑える必要があります.
B株由来の大腸菌株は,プロテアーゼ遺伝子であるIon とompT を欠損しています.
例:BL21(DE3)の場合 > F-, ompT, hsdSB (rB- mB-)*
*全てのB株は,lonを欠損していることが常識となっているので,記載されないことが多いです.
細胞質内の還元条件に関わる遺伝子を欠損
大腸菌で発現した目的タンパク質は,ジスルフィド結合を形成していません.
なぜなら,細胞質内ではグルタチオン還元酵素などが優位であり,還元条件下を維持しているからです.
しかし,ジスルフィド(S-S)結合を有するタンパク質の構造を決定することが目的の場合,タンパク質発現後のS-S結合形成を促進する必要があります.
そこで注目する遺伝子は,グルタチオン還元酵素をコードする遺伝子(gor )とチオレドキシン還元酵素をコードする遺伝子(trxB )です.
これらの遺伝子の欠損は,細胞質内の還元条件を抑制します.
例:Origami™ 2 の場合 > gor522::Tn10 trxB (StrR, TetR)
以上,大腸菌株の選び方でした.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年4月25日 フール