トリス緩衝液のお話【 "Torys" じゃないよ "Tris" だよ】

トリス緩衝液のお話【 “Torys” じゃないよ “Tris” だよ】

トリス緩衝液の話
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トリス緩衝液

トリス緩衝液って何ですか?

本記事は,このような疑問にお答えします.

フールは元研究者であり獣医師でもある

フールの登場

こんにちは.

博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.

緩衝液の各論,第二回はトリス緩衝系です.

このトリスは,サントリーから出ているウィスキーやハイボールではないですよ(笑)

トリスハイボールの「トリス」は “Torys” で,トリス緩衝系の「トリス」は “Tris” ですからね.

“Tris” はハイドロキシメチル基(-CH2OH) が 3 個なので,「3」を示す接頭辞 “Tri” に由来します.

一方, “Torys” はサントリーの創業者の名前に由来するそうです.

本記事を読めば,トリス緩衝系が分かります.

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サマリー・第1級アミンなので,生体には毒性があります.

・温度によるpH変化が大きい緩衝液です.

・ウィスキーやハイボールのトリスとは別物です.



トリスとは?

正式名称:Tris (hydroxymethyl) aminomethane

分子式:(CH2OH)3CNH2

構造式:

トリスの構造式

分子量(g/mol):121.14

性質:塩基性

働き:酸を加えると以下に示すように共役酸できるので,緩衝液となります.

トリス緩衝系の仕組み

特徴:

・安いので大量に作れる!
・第1級アミン*1, 2
・温度によるpH変化が大きい*3, 4
・緩衝能が有効な範囲は,pH7.5 ~ 9.2*5

*1アンモニア(NH3)の水素原子が炭化水素基で置換されたものをアミンと呼びます.置換された水素原子の数に応じて,第1 – 3級アミンまで分類されます.

*2第1 級アミンは,ペプチドやタンパク質と結合しやすいので,一部の酵素反応が阻害されることがあります.加えて,哺乳類細胞では,細胞小器官に蓄積することで毒性を示します

*3緩衝液は,室温(20-25℃)でpHを調整し,低温で保存することが多いです.しかし,温度によるpH変化が大きいトリスは,使用前に室温に戻すのは面倒なので,室温で保存する方が便利です.

*4亜寒帯気候・温帯気候・亜熱帯気候の3つが混在する日本では,室温の定義も地域ごとに異なると思います.温度による pH 変化が大きい試薬を調整する時は,そのときの室温も実験ノートに記録しておくと良いでしょう.

*5SDS-PAGE のゲルを作製するときに pH6.8 のトリス緩衝液を使います.緩衝能が有効な範囲を超えていますね(笑).これには別の理由がありますので,別記事でまとめたいと思います.

代表的なトリス系緩衝液

代表的なトリス緩衝系バッファーを紹介します.

Tris/HClバッファー

バイオ実験系で頻繁に使用するバッファーの1つです.

TE バッファーなどが有名ですね!

酵素反応,細胞のライセート,DNAの保存など用途は多岐にわたります.

用途に応じてpHを調整します.

例えば,DNAの保存に使う TEバッファー は pH8.0 です.

これは pH を塩基性に保つことで,DNA を脱プロトン化*6して沈殿するのを防ぐためです.

*6化合物中の酸素(または窒素)原子がイオン化する(または他の原子と結合をつくる)とき,原子に結合していたプロトン(H)が離れることを脱プロトン化といいます.

アデニンの脱プロトン化

Tris-Acetateバッファー

DNA のアガロースゲル電気泳動で使用するバッファーです.

40 mM Tris/Acetate (pH 7.8), 1 mM EDTA が一般的ですが,これを2倍に希釈したもの(0.5× TAE)も使用できます

Tris-Borateバッファー

こちらも DNA のアガロースゲル電気泳動で使用するバッファーです.

89 mM Tris/Borate (pH 8.3), 2 mM EDTA が一般的ですが,これを2倍に希釈したもの(0.5 × TBE)でも使用できます

Tris-Glycineバッファー

SDS-PAGE などタンパク質のポリアクリルアミドゲル電気泳動で使用するバッファーです.

25 mM Tris,192 mM Glycine,0.1% SDS(pH 8.3)が一般的です.

250 mM Glycine と書いてある本もあります.

Tris-buffered saline (TBS)

Tris で緩衝した生理食塩水です.

pH は 7.5 付近に調整します.

PBS 同様に,NaCl で生体と同じ程度の浸透圧を保ちます.

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TAE vs. TBE

どちらも DNA のアガロースゲル電気泳動で使用するバッファーです.

この二つを比べてみました.

TAEとTBEの比較

以上より,TAE と TBE の使い分けは次のようになります.

DNAサイズで使い分け

DNA サイズが 10 kbp 以上 → TAE

DNA サイズが 1 kbp 以下 → TBE

目的に応じて使い分け

Champion data のためにキレイな像を得たい → TBE

できるだけ多くの DNA を回収したい → TAE

TBS vs. PBS

どちらも緩衝生理食塩水で,NaCl で生体と同じ程度の浸透圧をもっています

特殊な場合を除いて,使い分ける必要はありません.

その「特殊な場合」についてまとめました.

TBS

細胞小器官に蓄積することで哺乳類細胞に対する毒性を示すため,細胞培養など生きた細胞を使う実験系には不適です.

また,トリスは葉緑体の酵素反応を阻害します.

加えて,温度の影響を強く受けるので,温度変化がある実験系では不適ですね.

PBS

生体にはリン酸が多く含まれているため,生体内の反応を阻害しにくいと考えられていますが,こちらも一部の酵素反応を阻害します.

アルカリフォスファターゼ(AP)活性の阻害やカルボキシペプチダーゼ活性の阻害が有名ですね.

ウェスタンブロットや IHC で AP 標識抗体を使用するときは,TBS を使いましょう.

また,リン酸化タンパク質やリン脂質を対象とした実験系では,PBS 中のリン酸が,サンプルや反応に影響するので不適です.

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トリス塩酸緩衝液の作り方

ここでは,1 mol/L の Tris-HCl バッファー( pH8.0 )と 10 倍濃縮の TBS( 10× TBS )の作り方をご紹介します.

1 mol/LのTris-HClバッファー(pH8.0)

使用する試薬は以下の通りです.

1.Tris (hydroxymethyl) aminomethane((CH2OH)3CNH2

2.6 mol/Lの塩酸(HCl)

プロトコール

  1. Tris を 12.12 g 秤量し,80 mL 蒸留水で溶解します.
  2. 6 mol/L の塩酸で pH を 8.0 に合わせます.
  3. 蒸留水で 100 mL にメスアップします.
  4. オートクレーブで滅菌します.
  5. 室温で保存します.

10倍濃縮のTBS

使用する試薬は以下の通りです.

1.Tris (hydroxymethyl) aminomethane((CH2OH)3CNH2

2.6 mol/Lの塩酸(HCl)

3.NaCl

プロトコール

  1. Tris を 60.57 g 秤量し,400 mL の蒸留水で溶解します.
  2. 6 mol/L の塩酸で pH を 7.5 に合わせます.
  3. 蒸留水で 500 mL にメスアップします.
  4. オートクレーブで滅菌します.
  5. NaCl を 87.75 g 秤量し, 1 mol/L の Tris-HClバッファー(pH7.5) 200 mL で溶解します.
  6. 蒸留水で 1000 mL にメスアップします.
  7. 室温で保存します.

もっと勉強したい方へ

・RENGANATHAN, M.; BOSE, Salil. Inhibition of photosystem II activity by Cu++ ion. Choice of buffer and reagent is critical. Photosynthesis research, 1990, 23.1: 95-99.

・FUKADA, Harumi; TAKAHASHI, Katsutada. Enthalpy and heat capacity changes for the proton dissociation of various buffer components in 0.1 M potassium chloride. Proteins: Structure, Function, and Bioinformatics, 1998, 33.2: 159-166.

・SANDERSON, Brian A., et al. Modification of gel architecture and TBE/TAE buffer composition to minimize heating during agarose gel electrophoresis. Analytical biochemistry, 2014, 454: 44-52.

・Miura Y. et al., Nagoya Medical Journal 43(1) 1-6, 1999.

・Russell D. W. and Sambrook J., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 3rd edn, Appendix 1.2-1.5, 2001.

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました.

次回もよろしくお願いいたします.

2019年12月15日 フール

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