
PCR酵素の使い分けが分かりません.何を基準に使い分けてるの?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
PCRで使う酵素(耐熱性DNAポリメラーゼ)は,色々なものがあります.
細菌から分離したものを直接使用しているキットもあれば,人為的な改変を加えているものもあります.
中には,数種類の酵素をブレンドした酵素も存在します.
あなたが好きな耐熱性DNAポリメラーゼは何ですか?

研究者によって,好きなメーカーや好きな酵素が決まっているような気がします.
ところで,あなたが使っている酵素は,どのようにして選びましたか?
実は,冒頭の女性のように,酵素の選択基準を踏まえず,形だけPCRをしている人も多いです.
そこで本記事では,PCRで使用する酵素の分類と使い分けについてまとめました.
本記事を読み終えると,実験に適した耐熱性DNAポリメラーゼの選び方が分かりますよ!
サマリー・耐熱性DNAポリメラーゼには,校正機能を持つ α 型と校正機能を持たない pol I型があります.
・長鎖DNAの増幅には,校正機能を持つ α 型がオススメです.
・増幅産物を多量に得たい場合は,pol I 型がオススメです.
耐熱性DNAポリメラーゼの分類

先ず,耐熱性DNAポリメラーゼの分類について知りたいです.
耐熱性DNAポリメラーゼは,2種類に大別することが可能です.
校正機能を持つ α 型と校正機能を持たない pol I型があります.
① α 型 ② pol I 型
α 型の耐熱性DNAポリメラーゼ
高校で生物学を履修していた方は,古細菌という単語を聞いたことあると思います.
古細菌は,高熱・高塩濃度下の環境で生育する細菌の総称です.

α 型の耐熱性DNAポリメラーゼは,古細菌から見つかりました.
このタイプの特徴は,3’→5′ exonuclease活性(校正機能)を持つことです.
校正機能は,PCR反応において,誤って取り込まれた塩基を削り,正しい塩基を取り込み直す能力です.
正確に増幅する能力が高いので,英語では “High fiedlity” と表現されます.
ただ,増幅能力(DNA伸長活性)は,後述するpol I 型に劣ります.
KODシリーズ,PrimeSTARシリーズ,pfuシリーズなどは,α 型の耐熱性DNAポリメラーゼの代表例です.
pol I 型の耐熱性DNAポリメラーゼ
高校で生物学を履修していた方は,真正細菌という単語も聞いたことあると思います.
大腸菌や納豆菌などの多くの一 般的な細菌が真正細菌に分類されます.

pol I 型の耐熱性DNAポリメラーゼは,真正細菌から見つかりました.
このタイプの特徴は,DNA伸長活性が高いことおよび3’末端にAが付加されることです.
ただ,校正機能は持たないので,正確性は欠けます.
Taqシリーズ,Tthシリーズなどは,pol I 型の耐熱性DNAポリメラーゼの代表例です.
耐熱性DNAポリメラーゼの使い分け

PCRの酵素って耐熱性DNAポリメラーゼの種類は分かったけど,どういう基準で使い分けるの?
以下の目的に応じて,耐熱性DNAポリメラーゼの使い分けを考えます.
① 単なる増幅 ② 遺伝子クローニング ③ 長鎖DNA断片の増幅 ④ 微量なDNA断片の増幅 ⑤ SNPの解析
単なる増幅
標的遺伝子の有無を調べるなど単なる増幅が目的の場合は,pol I 型を使いましょう.
コロニーPCRなど,増幅阻害が起きる条件下のPCR反応にも向いています.
遺伝子クローニング
標的遺伝子の機能を確かめるために遺伝子クローニングすることが目的の場合は,α 型を使いましょう.
α 型は,校正機能を持っていますので,PCR産物にエラーが入る確率が低くなります.
遺伝子によっては,1塩基の違いが機能の違いになることもあります.

クローニングした遺伝子がPCRエラーを含む人工型である可能性は,低くしたいですよね.
長鎖DNA断片の増幅
これは増幅目的によりますが,大半は遺伝子クローニングではないでしょうか?
遺伝子クローニングすることが目的の場合は,α 型と書きました.
しかし,その長さが数キロ(経験上 4 kbp)以上になると,増幅効率が劣る α 型では増えない場合もあります.
そのような場合, “LA PCR (Long and accurate PCR)” 用の酵素がオススメです.
この酵素には, α 型の酵素と pol I 型の酵素をブレンドしたものや3’→5′ exonuclease活性を失活させたものを混ぜたものがあります.
α 型と pol I 型の良いとこ取りですね.

KODシリーズのKOD DashやTaqシリーズのEx Taqが有名ですね.
微量なDNA断片の増幅
これも増幅目的によります.
遺伝子クローニングの場合,前述に書いた “LA PCR (Long and accurate PCR)” 用の酵素がオススメです.
リアルタイムPCRの場合は,pol I型です.

ただ,標的遺伝子が微量な場合は,非特異な増幅も起こりやすくなります.
その場合は,5’→3′ exonuclease活性*をもったpol I 型を使用したプローブ法がオススメです.
*5’→3′ exonuclease活性は,名称は似ていますが3’→5′ exonuclease活性とは別の活性です.
SNPの解析
これは解析方法によります.
標的遺伝子全長をクローニングしてシークエンス解析を実施する場合は,α 型を使用しましょう.
アリル特異的 PCR 法(対立遺伝子特異的増幅法)*の場合は,pol I 型を使用しましょう.
アリル特異的 PCR 法でα 型を使用すると,校正機能により変異が無い遺伝子でも増幅する可能性があります.
*標的遺伝子の変異が既知の場合にのみ使用可能な方法です.
もっと勉強したい方へ

以下の書籍がオススメです.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年5月3日 フール