ミニプレップで使う試薬溶液の役割【超まとめ】
プラスミド抽出で使うサスペンション液(Resuspension solution)って何のためにあるの?
本記事は,このような「なぜ?どうして?」にお答えします.
こんにちは.
博士号を取得後,派遣社員として基礎研究に従事しているフールです.
先ずは,以下のやりとりをご覧ください.
先輩,ミニプレップで使うサスペンション液の役割って何ですか?
いきなりどうしたの?
サスペンション液って懸濁液ってことですよね?
一度ペレットしてから再び懸濁液にする理由って何ですか?
確かに!
そんなこと,考えたことも無かったな~
プラスミドDNAの回収を行ったことはあるでしょうか?
現在では,各社からプラスミドDNA抽出キットが販売されており,それを利用する人も多いと思います.
自身で試薬の調整をする手間が省け,作業時間も短縮できるのがキットの良い点です.
一方,最初からキットで抽出することが当たり前になってしまった人も多いです.
冒頭のやりとりのように,プラスミド抽出で使用する各溶液の役割も分からないまま,ただ説明書に書いてある通りに「作業」を進める人が増えているのも事実です.
そこで今回は,プラスミド抽出(ミニプレップ*など)で使う各溶液の役割をまとめました.
*“Mini-sized preparation” の略が “Mini-prep” で,「ミニプレップ」となりました.
サマリー・サスペンション液(Resuspension solution)は,低張の懸濁液です.
・細胞溶解液(Cell lysis solution)は,界面活性剤が入った塩基性の液体です.
・中和液(Neutralization solution)は酸性で,細胞溶解液の塩基性を急激に中和します.
ミニプレップで使う試薬溶液
ミニプレップでは,以下の3つの試薬溶液を使用します.
- サスペンション液(Resuspension solution)
- 細胞溶解液(Cell lysis solution)
- 中和液(Neutralization solution)
それでは,各試薬の役割を確認していきましょう!
サスペンション液(Resuspension solution)の役割
キットのサスペンション液(Resuspension solution)に相当する液体の組成は,以下の通りです.
50 mM グルコース,25 mM Tris-HCl,10 mM EDTA
本によっては,リゾチーム(最終濃度 2 mg/mL)を加えているものもあります.
リゾチームは,細菌の細胞壁を壊す役割があります.
ただ,大腸菌はグラム陰性菌で,その細胞壁は薄いです.
私は,リゾチームの必要性は低いと考えています.
作り方
- 90 mL の蒸留水に 900 mg のグルコースを溶かします.
- 1に 1M Tris-HCl(pH8.0)を 2.5 mL 加えます.
- 2に 0.5 M EDTA 溶液(pH8.0)を 2.0 mL 加えます.
- よく混ぜて,蒸留水で 100 mL にメスアップします.
- オートクレーブ滅菌した後,室温で保存します.
各成分の役割
Tris は,緩衝液の1つです.
Tris緩衝系に関しては,以下の記事でまとめています.
EDTAは,DNaseの機能を阻害するプロテアーゼインヒビターです.
以下の記事でまとめています.
そして,0.9%(w/v)グルコースです.
この液体は,生体よりも低張な溶液*です.
グルコースが与える浸透圧により,水が大腸菌内に入って菌体を膨脹させるので,細胞膜を部分的に破壊します.
*浸透圧は,溶液中の粒子の数(溶媒 1 Lあたりの溶質の粒子数)で考えます.浸透圧の単位は,単位はオスモル濃度(Osm/L)で表します.グルコースは180 g/molなので,0.9%(w/v)グルコース液は,0.9÷180 = 0.005 molです.グルコースは電離しませんので,水溶液中でも粒子数は変わりません.よって,0.005 Osm/L = 50 mOsm/Lです.生体の血漿浸透圧は約280-290 mOsm/Lなので,0.9%(w/v)グルコース液はかなりの低張液ですね!
0.9%(w/v)グルコースの本当の役割
0.9%(w/v)グルコースの役割を浸透圧による説明で行いました.
さて,これで納得した方はいるでしょうか?
まだ,納得がいかない方もいるかもしれません.
なぜなら,以下のような疑問が残るからです.
細胞(菌)を破壊するなら,浸透圧 0 の水でも良いのでは?
0.9%(w/v)グルコースの役割は,別にありそうですよね!?
この答えは,”Current Protocols in Molecular Biology” にありました!
Glucose serves as a buffer in step 6 when the pH of the solution is greatly increased by addition of NaOH.
「グルコースは,NaOH の添加により溶液の pH が大幅に上昇した場合に,ステップ 6 の緩衝剤として機能する.」
この Step 6(ステップ 6)は,後述する細胞溶解液を加える工程です.
Glucose provides buffering in the range of pH 12 and, by preventing the pH from rising too drastically in step 6, increases the efficiency of precipitation in step 7 (when the pH is lowered by addition of potassium acetate).
「グルコースは,pH 12の範囲で緩衝作用を発揮する.ステップ 6 で pH が急激に上昇するのを防ぐことで,ステップ 7(酢酸カリウムの添加により pH が低下した時)の沈殿の効率を高めることができる.」
電離しないグルコースが,どのように緩衝能を発揮するのか?
さすがに,その詳細まではわかりませんでした.
ごめんなさい.
化学はあまり好きでは無いので,調べるのを止めました(笑).
リゾチームの本当の役割
さきほど「私は,リゾチームの必要性は低いと考えています.」と書きました.
同じく,”Current Protocols in Molecular Biology” にはリゾチームに関する解説もありました.
Lysozyme assists in the destruction of bacterial cell walls and subsequent release of plasmid DNA. (中略)Lysozyme helps increase yield by reducing the amount of plasmid DNA trapped in partially degraded cell material and subsequently lost by precipitation at step 7.
「リゾチームは,細菌の細胞壁の破壊とプラスミド DNA の放出を促します.」
(中略)
「リゾチームは,部分的に分解された細菌構成物に捕捉され,その後ステップ 7 で沈殿によって失われるプラスミド DNA の量を減少させることで,プラスミド収量を増加させます.」
細胞壁の破壊だけでなく,プラスミドDNAの放出も促進するんですね!
高コピー型のプラスミドなら気にする必要はないでしょうけど,低コピー型のプラスミドを抽出する時は,リゾチームを入れる価値がありそうですね!
細胞溶解液(Cell lysis solution)の役割
キットの細胞溶解液(Cell lysis solution)に相当する液体の組成は,200 mM 水酸化ナトリウム,1% (w/v) SDS です.
作り方
- 85 mL の蒸留水に 5M 水酸化ナトリウム溶液を 4 mL 加えます.
- 1へ 10% SDS 溶液を 10 mL 加えます.
- よく混ぜて,蒸留水で 100 mL にメスアップします.
- 室温で保存します(空気中の二酸化炭素と反応して,徐々に酸性化するので長期保存はダメです).
各成分の役割
SDS は,強力な界面活性剤です.
以下の記事でまとめています.
SDS は,大腸菌の細胞膜の構造を完全に破壊するとともに,DNAの二重らせん構造を弱めます.
水酸化ナトリウムは,強アルカリの液体です.
タンパク質や核酸をアルカリ変性させます.
核酸は,アルカリ条件下で脱プロトン化されるため,塩基対間の水素結合が消失します.
SDS と水酸化ナトリウムの働きにより,プラスミドを含む DNA は一本鎖になります.
中和液(Neutralization solution)の役割
キットの中和液(Neutralization solution)に相当する液体は,酢酸緩衝液(2 M 酢酸 – 3 M 酢酸カリウム緩衝液)です.
作り方
- 5 Mの酢酸カリウム溶液 60 mL と酢酸 11.5 mL を混ぜます.
- 1へ蒸留水を 28.5 mL を加えて,よく混ぜます.
- 室温で保存します.
役割
酢酸が菌溶解液の pH を急激に中和します.
詳細は割愛しますが,このpHの急激な変化は,染色体 DNA が一本鎖から二本鎖に戻ることを妨げます.
一方,プラスミド DNA は,二本鎖に戻ることができます.
また,酢酸カリウムから供給される大量の K+ が ,SDS のカリウム塩をつくります.
SDS のカリウム塩は,夾雑物(染色体 DNA,タンパク質,脂質)を含んた凝集体となり沈殿します.
この状態で遠心分離を行うと,沈殿物と上清に分けることができます.
この時点で,上清にはプラスミド DNA と RNA が残っています.
もっと勉強したい方へ
- HEILIG, J. S.; ELBING, Karen L.; BRENT, Roger. Large‐scale preparation of plasmid DNA. Current Protocols in Molecular Biology, 1998, 41.1: 1.7. 1-1.7. 16.
以上,ミニプレップで使う試薬溶液の役割でした.
最後までお付き合いいただきありがとうございました.
次回もよろしくお願いいたします.
2020年3月13日 フール